Music by YUKARI KARATO

春の名前

雪は不思議。
覆い尽くす白の強さと
消え入るはかなさの
両方を併せ持つなんて。
短剣のような結晶に触れれば、
途端にかたちを失くして一体となる。
積もれば、音も光も
まっしろに吸い込んでしまう。
そうして地上が静まると、
空の青はうたいだす。
澄み切った薄いガラスのような青だけが
雪肌に映えて、研がれていく。

神社の石段を降りていくと
視界の底に水色の空が広がった。
湖に張った氷が
空の色を鈍く映しているのだ。
龍神が眠る湖の底で
春、わたしは目覚める。
龍の吐く一粒の泡となり、
水の描いた空へ浮上していく。
その泡がはじけるとき、
陽射しは微笑みを降らせて
雪解け水をシャンと鳴らすだろう。

天と地のきずなを結ぶのは、
水の営み。
冬の白が溶かされて
春へと 幼い光が渡っていく。
ここにいます。
名乗るように水はかがやき
わたしに
春の呼び名を教えてくれた。

詩・朗読

文月悠光

YUMI FUZUKI

1991年北海道生まれ、東京在住。
第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、
中原中也賞を最年少18歳で受賞。
近年は、エッセイ集『臆病な詩人、街へ出る。』
が若い世代を中心に話題に。
NHK 全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、
詩作の講座を開くなど広く活動中。

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